苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)をご存じですか
飲んだことがあるが、名前に使われている漢字をなんとなくしか覚えていない、何と読むかがわからない漢方薬のひとつに「苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)」がありませんか?
以前にもお話ししたように、この漢方薬の名前の由来は、構成している生薬からきているものです
正式には「茯苓桂枝白朮甘草湯(ぶくりょうけいしびゃくじゅつかんぞうとう)」といいます
これから季節の移り変わりによる気圧の変化、湿度の変化による身体の変調に、苓桂朮甘湯は活躍しそうです
苓桂朮甘湯という処方(レシピ)は四つの生薬を使います
茯苓(ぶくりょう) :マツの根に生じるサルノコシカケ科ブクリョウの菌核
桂枝(けいし) :南中国またはベトナム産のクスノキ科植物の皮
蒼朮(そうじゅつ) :キク科のホソバオケラの根茎
甘草(かんぞう) :中国産マメ科のカンゾウの根
ここで「茯苓桂枝白朮甘草湯」が正式名称なので、「蒼朮」ではなくて「白朮」では?と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか
これには諸説があるのですが、私は以下のように習いました
*蒼朮がその精油成分であるオイデスモールとヒネソールがを生薬の表面に結晶状に析出して白くなっているのを「白朮」と呼んだ
*「白朮」は唐王朝の時代(650年ごろ)から広く利用されるようになったので、傷寒論の書かれた時代(後漢)の処方にのっているのは考えにくい
きぐすり.comより引用 蒼朮
蒼朮と白朮は、ともに水分代謝の異常や消化器系の機能障害などに使われる薬方の構成生薬であることが類似しています
白朮(びゃくじゅつ):オケラやオオバナオケラの根茎を乾燥したもの
苓桂朮甘湯はどんな症状に効くのか
苓桂朮甘湯の薬方は、漢方最古の古典である『傷寒雑病論』(しょうかんざつびょうろん)に記されている代表的な条文は以下のものです
太陽
傷寒、若吐若下後、心下逆満、気上衝胸、起則頭眩、脈沈緊、発汗則動経、身為振振揺者、茯苓桂枝白朮甘草湯主之。
(傷寒、若しくは吐し、若しくは下して後心下逆満し、気胸に上衝して、起てば則ち頭眩し、脈沈緊、汗を発すれば則ち経を動かし、身振振として揺かさるる者は茯苓桂枝白朮甘草湯之を主る)
心下有痰飲、胸脇支満、目眩、苓桂朮甘湯主之。
(心下に痰飲有り、胸脇支満、目眩むものは、苓桂朮甘湯之を主る)
「傷寒雑病論」に出てくる薬方の条文をまとめ、方意を示した「類聚方」(吉益東洞 著)の「方極」には以下のように記されています
治心下悸、上衝、起則頭眩、小便不利者
(心下悸、上衝し、起てば則ち頭眩し、小便不利の者を治す)
すなわち水分の代謝異常や胸部の違和感(動悸・消化器系不和)からくる、頭痛や立ちくらみ、顔面や背中、胸、手足などがピクピクする動くようなものに使われます
現代では、メニエル氏病、乗り物酔い、更年期(老年期)症状、二日酔、頭痛、偏頭痛、白内障、神経性の心気亢進などに応用されます
漢方エキス製剤の添付文書の効能・効果には以下のように記されています
立ちくらみやめまい、あるいは動悸がひどく、のぼせて頭痛がし、顔面やや紅潮したり、あるいは貧血し、排尿回数多く、尿量減少して口唇部がかわくもの。
神経性心悸亢進、神経症、充血、耳鳴り、不眠症、血圧異常、心臓衰弱、腎臓病。
コタロー漢方製剤の添付文書より引用
気・血・水について
東洋医学では、人の体は「気(き)」「血(けつ)」「水(すい)」の3つの要素で成り立っていると考えられていました。簡単に説明すると
■気:体を動かすエネルギー
■血:体内で栄養などを運ぶ働き
■水:体内の水分
気・血・水という概念は最初は別々のものだったそうです
江戸後期の古方派の漢方医吉益東洞(よしますとうどう)の息子である吉益南涯(よしますなんがい)によってはじめて気血水と並列に並べられ、これらが一緒に働いて体を動かしているという考え方「気血水説」が提唱されました
この気血水説をもって漢方薬の薬方を見直してみると、ひとつの処方にそれぞれに働く薬が配合されているものが多いことに気が付きます
苓桂朮甘湯の構成生薬についてみてみましょう
水分の停滞を解消:茯苓・朮
気の上衝を解消:桂枝
急迫症状をゆるめる:甘草
これにより、苓桂朮甘湯は水の変調が主で気の変調は従である、すなわちめまいやたちくらみ症状が主で動悸は従であるとした証ととらえられます
医療用漢方薬のエキス細粒剤の添付文書にも、たちくらみやめまいがして神経性心悸亢進があるものといった表現になっていると思います
今回は、ざっと大まかに気血水説について述べさせていただきました
気血水においては、現代医学における血液、リンパ、エネルギー代謝(生化学)の知識もふまえ、いっそうの研鑽を深めていかなければと思っております
参考引用文献:「小太郎漢方製薬サイト:漢方講座」「戸畑漢方勉強会テキスト」