今「傷寒論」を読み直す

3世紀初頭(後漢)、現在の漢方薬を使った治療法の原典である『傷寒雑病論』が張仲景(ちょうちゅうけい)によって著されたと言われています。『傷寒雑病論』という書名は後につけられたもので、最初は『張仲景方』と呼ばれ、木簡という木の札に書かれ紐で綴じられていたようです。時代を経て、280年頃(西晋)王叔和により、ばらばらになった木簡が再編成されますが、いつの頃か傷寒を扱った部分と雑病を扱った部分とに分かれます。傷寒の部分は唐代の医師の国家試験テキストとして『(張仲景)傷寒論』と題され、その後印刷技術の発展により、宋の林億、明の成無己により校正・復刻されました。

  『傷寒論』 陰陽論に基づく急性病の治療法

 『金匱要略』五行の臓腑経絡説に基づく慢性病の治療法

『傷寒論』の特徴

<観点>

「傷寒」という悪性急性病の発病から死までを、症状を中心とした推移とそれに合わせた治方を示しています。また自然治癒する「中風」を比較対照して記述しています。

<病が起こるのは>

傷寒論では、内因と言われる感情の激しい起伏(喜・怒・憂・思・悲・恐・驚)と外因と言われる環境(風・寒・暑・湿・飲食労倦)の二因があって初めて「病」となってあらわれるとあります。寒さや暑さが厳しくても、不安や心配の思考に長い時間とらわれず、やれることをたんたんと行っていくことが肝要ということでしょう。

<病のあらわれるところ>

病人のあらわしている病症は、同時に発病からの経過日数、体表から体内のどの位置でおこっているかも関係していると考えます。

 表位:頭部、肩背部・・・表証

 外位:胸郭部   ・・・外証

 裏位:上腹部   ・・・裏証

 内位:下腹部   ・・・内証

戦に例えると今どこで激しい攻防が繰り広げられてるかということですね。

<治癒へ向かう方法>

病邪の勢いが強いが治癒力もまだある場合は、「必要なものを摂取し、不要なものを排泄する」通常の経路に導く方法が使われます。

 発汗法:発汗して排泄 例)葛根湯、麻黄湯など

 和 法:小便として排泄 例)柴胡桂枝湯、小柴胡湯など

 下 法:大便として排泄 例)大承気湯など

 治癒力が落ちてきたり高齢の場合は、治癒力を高める方法が使われます。

 温(補)法:発熱する力がないので体をあたためる 例)麻黄附子細辛湯、真武湯など

『傷寒論』の序文から観える張仲景の思い

『傷寒雑病論』には序文があり、途中から文調が変わることから後人が加筆したものであるという説と、前半は『傷寒論』の序文、後半は『金匱要略』の序文であるという説もあります。前半序文の終盤には、張仲景がこの書物を執筆した動機、医家としてのあり方など今日にも胸にせまる思いがあふれています。

「・・・自分の一族は二百人以上に及んだが、十年足らずの間に、三分の二が死んでしまった。その中で七割は傷寒という病にかかっていた。死亡者は続出し若年者までも死んでいくのを救う手段がなかったこと歎き、このようなことが続かないよう広く古今の文献を集めこの本を著した。この内容はすべての病を治癒すというわけにはいかないが、少なくとも病を見て、病源を知ることができるであろう。もし私が集めたことを尋究すれば、案外に得ることが多いであろう。」

漢方を探究する者として、「傷寒論」の薬方のみならず、運用の意図、「病」とは何か、「治」とは何かを張仲景の言葉を胸に探究し、現在の状況に生かしていきたいと強く思います。

          【参考・引用文献】

『新版 漢方の歴史』小曽戸 洋著 /『臨床応用 傷寒論解説』大塚敬節著

         『漢方勉強会テキスト』秦 純二郎先生(戸畑漢方勉強会)

喫漢方薬去~漢方薬をご一服~

人参湯(にんじんとう)をご存じですか

風の冷たさはまだまだですが、陽射しに春の気配を感じるようになりました

そろそろ花粉症が気になり始める時期ですね

花粉症といえば、以前このコーナーでも取り上げました小青龍湯がよく知られています

喫漢方薬去~漢方薬をご一服~

今回とりあげる人参湯は体内(主に胃腸)に冷えをためやすい(水毒)体質を本来の状態に戻すようみちびく漢方薬です

冷えがたまったままでいると、下痢、軟便で体外に排出しようとするほかに、鼻水や咳として出そうとするのが花粉症であるという見方もできます

毎年花粉症になりやすい方は、胃腸の冷えを改善することにより、症状が軽くなったり、出なくなったりします

人参湯という処方(レシピ)は四つの生薬を使います

生薬文字
人参湯

   人参(にんじん)  :ウコギ科チョウセンニンジンの根

   甘草(かんぞう)  :中国産マメ科のカンゾウの根

   蒼朮(そうじゅつ) :キク科のホソバオケラの根茎

   乾姜(かんきょう) :ショウガ科ショウガの根茎

人参湯が漢方の古典である『傷寒雑病論』に最初に登場する時は「理中丸(りちゅうがん)」という名称です

「中を理める(おさめる)」つまり中=胃腸を本来の働きにするという意味でしょう

理中丸は生薬を粉末にし蜂蜜で練って卵の黄身位にした丸薬を熱湯に溶き、日中三回、夜二回飲み、腹中が温まらなければ更に分量を増やすようにとあります

しかしながら生薬を煎じて湯液にした「人参湯」には及ばないとの記載もあります

現代では人参湯として煎じ薬かエキス細粒剤、エキス錠剤、理中丸として小粒の丸薬などがあります

人参湯はどんな症状に効くのか

理中丸および人参湯の薬方は、漢方最古の古典である『傷寒雑病論』(しょうかんざつびょうろん)に記されている代表的な条文は以下のものです

傷寒、服湯薬、下利不止、心下痞鞕。服瀉心湯已、復以他薬下之、利不止。醫以理中與之利益甚。

(傷寒、湯薬を服し、下利止まず、心下痞鞕す。瀉心湯を服し已て、復た他薬を以て之を下し、利止まず。醫理中を以て之に與ふるに利益甚だし。)

霍乱、頭痛発熱、身疼痛、熱多欲飲水者、五苓散主之。寒多、不用水者、理中丸主之。

(霍乱し、頭痛発熱し、身疼痛し、熱多くして水飲まんと欲する者は、五苓散これを主る。寒多く水を用いざる者は、理中丸これを主る。)

胸痺、心中痞、留気結在胸。胸満、脇下逆搶心。枳実薤白桂枝湯主之、人参湯亦主之。

(胸痺、心中痞し、留気結んで胸に在り。胸満ち、脇下より心にに逆搶す。枳実薤白桂枝湯これを主る、人参湯も亦これを主る。)

「傷寒雑病論」に出てくる薬方の条文をまとめ、方意を示した「類聚方」(吉益東洞 著)の「方極」には以下のように記されています

治心下痞鞕、小便不利、或急痛、胸中痺者

(心下痞鞕し、小便不利し、或は急痛し、胸中痺す者を治す)

心下がつかえるような感じがあり、胸中苦悶を覚え、腹鳴り、吐き気、下痢または便秘などを伴うものが目標で、げっぷまたはつわりで心下がつかえるようなものに使います

また猫背や両肩が前に巻き込んだ位置にある方、胃下垂気味のタイプの胃アトニー、胃炎、神経衰弱性の不眠などに使います

漢方エキス製剤の添付文書効能・効果には以下のように記されています

貧血、冷え症で胃部圧重感あるいは胃痛があり、軟便または下痢の傾向があるもの、あるいはときに頭重や嘔吐を伴うもの。

慢性下痢、胃炎、胃アトニー症、貧血症、虚弱児の自家中毒、小児の食欲不振。

コタロー漢方製剤の添付文書より引用

 

人参について

 

生薬の中には、「参」の字がつくものがいくつかあり、人参と関係あったりなかったりします

「参」の字は、もとは厽(ルイ)と「参」のムの部分をのぞいた部分からなり、三本の光る玉かんざしを中央に集めて頭髪にさしている人がひざまずいている形だそうです

かんざし三本から「みつ」、中央に集めたかんざしの長さが不ぞろいであることから「あつまる、ふぞろい」という意味になったそうです

従って、「参」の字がつく生薬はおおむね三つ(くらい)のふぞろいな根があるものということではないかと推察されます

高麗人参(朝鮮人参)

朝鮮や中国東北部の山林の樹木の下に自生。8世紀頃、進上品としてわが国にもたらされたのが最初らしい。朝鮮国の重要な財源であったため、江戸時代までは高値で取引されていた。

御種人参<おたねにんじん>

徳川家康が献上された高麗人参の種子から栽培を試みさせたがうまくいかず、将軍吉宗の頃に小石川養生所で試作研究がなされ、六年後に日光御薬園で国産化に成功、得られた種子藩に分けられ、また一般希望者にも販売が行われた。

 

時代劇や歌舞伎の演目の中では、娘が身売りしたり息子がお店の金に手をつけて手に入れたら、病気の親御さんが助かる高価な薬として登場する「ニンジン」ですが、それも江戸時代くらいまでのことなのですね

劇中、その病気には「ニンジン」が入った薬方でなくて「葛根湯」で治るのではというつっこみをいれたくなることもありますが、それくらい何にでも効く高貴薬として珍重されていた生薬です

現在は、高麗人参の四年根、六年根と言ってその年数土中で育てた根が薬効が高いということで、高値で販売されています

人参は、「胸腹部の虚による心痛、心悸亢進、食欲不振、胃部のつかえ、嘔吐、下痢、腹痛を治す」とあり、ふだんから体力があり、血圧も高めの方が単なる滋養強壮目的で服用されますと、血圧があがって顔が赤くなってフラフラしたりしますので、要注意です

 

参考・引用文献:「常用字解」白川静著、「漢方養生談」荒木正胤、戸畑漢方勉強会テキスト

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麻黄湯(まおうとう)をご存じですか

本格的な寒さが到来し、外気の乾燥はもちろん室内も暖房で空気が乾燥すると、風邪やインフルエンザにかかる方が増えてきます

インフルエンザは罹患してすぐは確定の診断ができないために、治療薬が処方されない場合があることから、証(その薬方が有効な症状)が合えばすぐに服用できる麻黄湯が最近注目されてきています

 

 

麻黄湯という処方(レシピ)は四つの生薬を使います

生薬文字
麻黄湯

 

   麻黄(まおう)   :マオウ科マオウの地上部

   杏仁(きょうにん) :バラ科のホソバオケラの根茎

   桂枝(けいし)   :南中国またアンズ子仁

   甘草(かんぞう)  :中国産マメ科のカンゾウの根

以前にお話ししましたが、麻黄湯という名前は主薬である麻黄から命名されたものです

たった四味からなる薬方ですが、煎じ薬で服用すると一日分で症状のピークは過ぎたと実感できるくらい切れ味の良い薬方です

 

麻黄湯はどんな症状に効くのか

麻黄湯の薬方は、漢方最古の古典である『傷寒雑病論』(しょうかんざつびょうろん)に記されている代表的な条文は以下のものです

太陽病、頭痛発熱、身疼腰痛、骨節疼痛、悪風、無汗而喘者、麻黄湯主之。

(太陽病、頭痛発熱し、身疼み腰痛み、骨節疼痛し、悪風し、汗無くして喘する者は麻黄湯之を主る)

太陽與陽明合病、喘而胸満者、不可下、麻黄湯主之。

(太陽と陽明との合病にて喘して胸満する者は、下すべからず。麻黄湯之を主る)

傷寒脈浮緊、不発汗、因致衂者、宜麻黄湯。

(傷寒脈浮緊にして、汗を発せず、因て衂を致す者は、麻黄湯に宜し。)

 

陽明病、脈浮、無汗而喘者、発汗即愈、宜麻黄湯。

(陽明病、脈浮、汗無くして喘する者は、汗を発すれば即ち愈湯、麻黄湯に宜し。)

「傷寒雑病論」に出てくる薬方の条文をまとめ、方意を示した「類聚方」(吉益東洞 著)の「方極」には以下のように記されています

治喘而無汗、頭痛、発熱、悪寒、身體疼痛者

(喘して汗無く、頭痛、発熱、悪寒、身体疼痛する者を治す)

悪寒がして、熱が高く、頭痛がして、体の節々が痛み、ゼイゼイ喘息のような咳が出たり鼻がつまるような症状を発汗して治癒へ向かわせます

発熱や悪寒がなくても、次のような症状に使う機会もあります

・乳児が風邪をひいて鼻をつまらせ母乳を飲めないとき

・お腹が張っているような小児の喘息症状

・ひきつけ、ガス中毒、失神、麻疹

・喘息発作で、あぶら汗がにじみ出るようなもの

・お腹が張っているタイプの子供の夜尿症

 

麻黄湯に似た処方で、傷寒雑病論の『金匱要略』の雑療方第二十三に「還魂湯(かんこんとう)」という薬方があります

「救卒死客忤死還魂湯主之方 麻黄・杏仁・甘草」

すなわち、仮死状態の時に使用せよということです

現代ではすぐに救急病院に搬送ですが、このような状態にも漢方薬で対処していたのは驚きですね

 

漢方エキス製剤の添付文書の効能・効果には以下のように記されています

高熱悪寒があるにもかかわらず、自然の発汗がなく、身体痛、関節痛のあるもの、あるいは咳嗽や喘鳴のあるもの。

感冒、鼻かぜ、乳児鼻詰まり、気管支喘息。

コタロー漢方製剤の添付文書より引用

 

麻黄について

麻黄は、華北モウコ産のマオウ科マオウの地上部で、渋くて苦く、かむと下に麻痺感がします

麻黄という名前から麻(あさ)に関係あると思われがちですが、音通(おんつう)からきています

音通(相通)とは、二字以上の漢字で字音が共通のため相互に代用されることです

ここでは「痲」(しびれる)と「麻」の共通の字音「マ」により、痲黄麻黄と代用されるようになったようです

マオウはシビレる黄色の草という意味なのですね

参考・引用文献:「常用字解」白川静著、「漢方養生談」荒木正胤、戸畑漢方勉強会テキスト

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苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)をご存じですか

飲んだことがあるが、名前に使われている漢字をなんとなくしか覚えていない、何と読むかがわからない漢方薬のひとつに「苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)」がありませんか?

以前にもお話ししたように、この漢方薬の名前の由来は、構成している生薬からきているものです

正式には「茯苓桂枝白朮甘草湯(ぶくりょうけいしびゃくじゅつかんぞうとう)」といいます

これから季節の移り変わりによる気圧の変化、湿度の変化による身体の変調に、苓桂朮甘湯は活躍しそうです

苓桂朮甘湯という処方(レシピ)は四つの生薬を使います

生薬文字 
苓桂朮甘湯 

 

   茯苓(ぶくりょう) :マツの根に生じるサルノコシカケ科ブクリョウの菌核

   桂枝(けいし)   :南中国またはベトナム産のクスノキ科植物の皮

   蒼朮(そうじゅつ) :キク科のホソバオケラの根茎

   甘草(かんぞう)  :中国産マメ科のカンゾウの根

ここで「茯苓桂枝白朮甘草湯」が正式名称なので、「蒼朮」ではなくて「白朮」では?と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか

これには諸説があるのですが、私は以下のように習いました

*蒼朮がその精油成分であるオイデスモールとヒネソールがを生薬の表面に結晶状に析出して白くなっているのを「白朮」と呼んだ

*「白朮」は唐王朝の時代(650年ごろ)から広く利用されるようになったので、傷寒論の書かれた時代(後漢)の処方にのっているのは考えにくい

きぐすり.comより引用 蒼朮

蒼朮と白朮は、ともに水分代謝の異常や消化器系の機能障害などに使われる薬方の構成生薬であることが類似しています

白朮(びゃくじゅつ):オケラやオオバナオケラの根茎を乾燥したもの

きぐすり.comより引用 白朮

 

苓桂朮甘湯はどんな症状に効くのか

苓桂朮甘湯の薬方は、漢方最古の古典である『傷寒雑病論』(しょうかんざつびょうろん)に記されている代表的な条文は以下のものです

太陽

傷寒、若吐若下後、心下逆満、気上衝胸、起則頭眩、脈沈緊、発汗則動経、身為振振揺者、茯苓桂枝白朮甘草湯主之。

(傷寒、若しくは吐し、若しくは下して後心下逆満し、気胸に上衝して、起てば則ち頭眩し、脈沈緊、汗を発すれば則ち経を動かし、身振振として揺かさるる者は茯苓桂枝白朮甘草湯之を主る)

心下有痰飲、胸脇支満、目眩、苓桂朮甘湯主之。

(心下に痰飲有り、胸脇支満、目眩むものは、苓桂朮甘湯之を主る)

「傷寒雑病論」に出てくる薬方の条文をまとめ、方意を示した「類聚方」(吉益東洞 著)の「方極」には以下のように記されています

治心下悸、上衝、起則頭眩、小便不利者

(心下悸、上衝し、起てば則ち頭眩し、小便不利の者を治す)

すなわち水分の代謝異常や胸部の違和感(動悸・消化器系不和)からくる、頭痛や立ちくらみ、顔面や背中、胸、手足などがピクピクする動くようなものに使われます

現代では、メニエル氏病、乗り物酔い、更年期(老年期)症状、二日酔、頭痛、偏頭痛、白内障、神経性の心気亢進などに応用されます

漢方エキス製剤の添付文書の効能・効果には以下のように記されています

立ちくらみやめまい、あるいは動悸がひどく、のぼせて頭痛がし、顔面やや紅潮したり、あるいは貧血し、排尿回数多く、尿量減少して口唇部がかわくもの。

神経性心悸亢進、神経症、充血、耳鳴り、不眠症、血圧異常、心臓衰弱、腎臓病。

コタロー漢方製剤の添付文書より引用

 

気・血・水について

東洋医学では、人の体は「気(き)」「血(けつ)」「水(すい)」の3つの要素で成り立っていると考えられていました。簡単に説明すると

 ■気:体を動かすエネルギー

 ■血:体内で栄養などを運ぶ働き

 ■水:体内の水分

気・血・水という概念は最初は別々のものだったそうです

江戸後期の古方派の漢方医吉益東洞(よしますとうどう)の息子である吉益南涯(よしますなんがい)によってはじめて気血水と並列に並べられ、これらが一緒に働いて体を動かしているという考え方「気血水説」が提唱されました

この気血水説をもって漢方薬の薬方を見直してみると、ひとつの処方にそれぞれに働く薬が配合されているものが多いことに気が付きます

苓桂朮甘湯の構成生薬についてみてみましょう

 分の停滞を解消:茯苓・朮

 の上衝を解消:桂枝

 急迫症状をゆるめる:甘草

これにより、苓桂朮甘湯は水の変調が主で気の変調は従である、すなわちめまいやたちくらみ症状が主で動悸は従であるとした証ととらえられます

医療用漢方薬のエキス細粒剤の添付文書にも、たちくらみやめまいがして神経性心悸亢進があるものといった表現になっていると思います

今回は、ざっと大まかに気血水説について述べさせていただきました

気血水においては、現代医学における血液、リンパ、エネルギー代謝(生化学)の知識もふまえ、いっそうの研鑽を深めていかなければと思っております

参考引用文献:「小太郎漢方製薬サイト:漢方講座」「戸畑漢方勉強会テキスト」

 

喫漢方薬去~漢方薬をご一服

五苓散(ごれいさん)をご存じですか

内服する漢方薬の剤形には、煎じ薬の他に散剤、丸剤というものがあります

煎じ薬は生薬を水から煮出して作る「○○湯」と言われるものです

散剤は乾燥した生薬をそのまま挽いて粉末にしたもので「○○散」と言われ、丸剤は散剤を蜂蜜で練って丸くしたもので「○○丸」と言われます

各剤形の例・・・煎じ薬:葛根湯、散剤:五苓散、丸剤:桂枝茯苓丸

今回は散剤のひとつである五苓散(ごれいさん)のお話です

*五苓散料(ごれいさんりょう)というのは、五苓散の生薬を粉砕せず、煎じ薬として煮だしたものです 散剤と同等の効果があると言われています

五苓散という処方(レシピ)は五つの生薬を使います

生薬文字 五苓散

 

   猪苓(ちょれい)  :サルノコシカケ科のチョレイの全体

   沢瀉(たくしゃ)  :オモダカ科のサジオモダカの塊根

   茯苓(ぶくりょう) :マツの根に生じるサルノコシカケ科ブクリョウの菌核

   蒼朮(そうじゅつ) :キク科のホソバオケラの根茎

   桂枝(けいし)   南中国またはベトナム産のクスノキ科植物の皮

五苓散はどんな症状に効くのか

五苓散の薬方は、漢方最古の古典である『傷寒雑病論』(しょうかんざつびょうろん)に記されている代表的な条文は以下のものです

太陽病、発汗後、大汗出、胃中乾、煩躁不得眠、欲得飲水者、少少與飲之、令胃氣和則愈。若脈浮、小便不利、微熱消渇者、五苓散主之。

(太陽病、発汗して後、大いに汗出で、胃中乾き、煩躁して眠るを得ず、水を飲むことを得んと欲するものは、少少与えて之を飲ましめ、胃氣を和せしむれば則ち愈ゆ。若し脈浮にして、小便不利し、微熱ありて消渇するものは、五苓散之を主る)

中風、発熱六七日、不解而煩、有表裏證、渇欲飲水、水入則吐者、名曰水逆。五苓散主之。

(中風、発熱六七日、解せず而して煩し、表裏の証有り、渇して水を飲まんと欲し、水入れば則ち吐く者は、名づけて水逆と曰う。五苓散之を主る)

「傷寒雑病論」に出てくる薬方の条文をまとめ、方意を示した「類聚方」(吉益東洞 著)の「方極」には以下のように記されています

治消渇、小便不利、或渇欲飲水、水入則吐者

(消渇、小便不利、或は渇して水を飲まんと欲し、水入れば則ち吐す者を治す)

「消渇(しょうかち)」とは、のどが渇いて水を飲み続けても小便が出ない状態をいいます

のどが渇いて水を飲み続けても小便が出ないか、あるいは水を飲みたいのだけど飲むとすぐに吐いてしまうのを目標に、いろいろな病気に応用されます

ネフローゼ、腎炎、糖尿病、胃下垂、急性胃腸炎、小児の吐乳、結膜炎、陰嚢水腫、てんかん、乗り物酔い、二日酔、頭痛、偏頭痛、皮膚病など

漢方エキス製剤の添付文書の効能・効果には以下のように記されています

のどがかわいて、水を飲むにもかかわらず、尿量減少するもの、頭痛、頭重、頭汗、悪心・嘔吐、あるいは浮腫を伴うもの。

急性胃腸カタル、小児。乳児の下痢、宿酔、暑気当たり、黄疸、腎炎、ネフローゼ、膀胱カタル。

コタロー漢方製剤の添付文書より引用

五苓散という薬方名は「五物猪苓散」の略で、三味の猪苓散、猪苓湯という薬方もあります

五苓散:猪苓、茯苓、朮、沢瀉、桂枝

猪苓散:猪苓、茯苓、朮

猪苓湯:猪苓、茯苓、滑石、阿膠、沢瀉

夏のお出かけには五苓散♪

 

夏は、汗を大量にかき、水分を多くとる一方、冷房で冷えたり、ビールやアイスクリームの食べ過ぎで胃腸の機能も低下したりもします

また涼を求めて、夏山登山や山歩き、旅行などに行かれる方もいらっしゃることでしょう

そんなときに五苓散が活躍したエピソードをご紹介します

 

*炭酸飲料と下痢の無限ループからの脱出

暑さで食欲も落ちるけど、のどはかわいてしょうがないので、麦茶を飲んでいた学生さん。もっとすっきりしたいのと夏バテのせいか甘味も欲しくなり、炭酸飲料をがぶ飲みするようになりました。ところがますます食欲がなくなり下痢をする、体から水分がなくなるので、また炭酸飲料を飲む、下痢をするを繰り返し、体力もおちていきました。そこでまずは炭酸飲料をやめてもらい、五苓散を服用したところ、下痢がおさまってきだし、食欲も少しずつ回復しました。下痢止めや胃腸薬を飲んでも脱出できなかった炭酸飲料⇔下痢のループが漢方薬で効果あるとはと驚いていました。

*夏の山歩きのおともに

 夏になると「五苓散をください」とご指名で薬局に来られる何人かの方がいらっしゃいます。皆様、お元気で活動的な感じがするので、服用される理由をおたずねしてみました。「夏になると少し高地の山歩きをするのですが、仲間から常備薬にすすめられました。乗り物酔いをしやすく、飛行機や新幹線に乗ると気圧の変化からか気分が悪くなるのですが、これを飲むといいみたいです。」

*前世はチベットの僧侶!?

チベット仏教の聖地ラサにあるポタラ宮殿に行かれる方の高山病対策のひとつとして五苓散をお渡ししたことがあります。ポタラ宮殿は、標高3700mに位置し、富士山と同じレベルだそうです。少しずつ高さに慣らしながらの行程だったそうですが、同行メンバーが次々と高山病でダウンする中、その人は五苓散を飲みづづけて一度もダウンすることなく、元気でポタラ宮殿まで行き、貴重な経験ができたそうです。チベット人のガイドから「あなたはほんとはチベット人ではないか?」と驚かれるほどだったそうです。