五月 臨時休業・営業日のお知らせ

誠に勝手ながら、新型コロナウイルス感染防止対策等のため、五月は 次のように営業日を変更させていただきます

*状況により変更がありますことをご了承くださいませ。薬局内が密とならないようにご予約の方を優先で応対させいただきます。

<休業日>

6日(水)振替休日

<営業日>

4日(水)みどりの日 11時~17時

5日(水)こどもの日 11時~17時

24日(日)11時~12時 アリスマーナ ハーブレッスン(予定)

何卒よろしくお願いいたします

今「傷寒論」を読み直す

3世紀初頭(後漢)、現在の漢方薬を使った治療法の原典である『傷寒雑病論』が張仲景(ちょうちゅうけい)によって著されたと言われています。『傷寒雑病論』という書名は後につけられたもので、最初は『張仲景方』と呼ばれ、木簡という木の札に書かれ紐で綴じられていたようです。時代を経て、280年頃(西晋)王叔和により、ばらばらになった木簡が再編成されますが、いつの頃か傷寒を扱った部分と雑病を扱った部分とに分かれます。傷寒の部分は唐代の医師の国家試験テキストとして『(張仲景)傷寒論』と題され、その後印刷技術の発展により、宋の林億、明の成無己により校正・復刻されました。

  『傷寒論』 陰陽論に基づく急性病の治療法

 『金匱要略』五行の臓腑経絡説に基づく慢性病の治療法

『傷寒論』の特徴

<観点>

「傷寒」という悪性急性病の発病から死までを、症状を中心とした推移とそれに合わせた治方を示しています。また自然治癒する「中風」を比較対照して記述しています。

<病が起こるのは>

傷寒論では、内因と言われる感情の激しい起伏(喜・怒・憂・思・悲・恐・驚)と外因と言われる環境(風・寒・暑・湿・飲食労倦)の二因があって初めて「病」となってあらわれるとあります。寒さや暑さが厳しくても、不安や心配の思考に長い時間とらわれず、やれることをたんたんと行っていくことが肝要ということでしょう。

<病のあらわれるところ>

病人のあらわしている病症は、同時に発病からの経過日数、体表から体内のどの位置でおこっているかも関係していると考えます。

 表位:頭部、肩背部・・・表証

 外位:胸郭部   ・・・外証

 裏位:上腹部   ・・・裏証

 内位:下腹部   ・・・内証

戦に例えると今どこで激しい攻防が繰り広げられてるかということですね。

<治癒へ向かう方法>

病邪の勢いが強いが治癒力もまだある場合は、「必要なものを摂取し、不要なものを排泄する」通常の経路に導く方法が使われます。

 発汗法:発汗して排泄 例)葛根湯、麻黄湯など

 和 法:小便として排泄 例)柴胡桂枝湯、小柴胡湯など

 下 法:大便として排泄 例)大承気湯など

 治癒力が落ちてきたり高齢の場合は、治癒力を高める方法が使われます。

 温(補)法:発熱する力がないので体をあたためる 例)麻黄附子細辛湯、真武湯など

『傷寒論』の序文から観える張仲景の思い

『傷寒雑病論』には序文があり、途中から文調が変わることから後人が加筆したものであるという説と、前半は『傷寒論』の序文、後半は『金匱要略』の序文であるという説もあります。前半序文の終盤には、張仲景がこの書物を執筆した動機、医家としてのあり方など今日にも胸にせまる思いがあふれています。

「・・・自分の一族は二百人以上に及んだが、十年足らずの間に、三分の二が死んでしまった。その中で七割は傷寒という病にかかっていた。死亡者は続出し若年者までも死んでいくのを救う手段がなかったこと歎き、このようなことが続かないよう広く古今の文献を集めこの本を著した。この内容はすべての病を治癒すというわけにはいかないが、少なくとも病を見て、病源を知ることができるであろう。もし私が集めたことを尋究すれば、案外に得ることが多いであろう。」

漢方を探究する者として、「傷寒論」の薬方のみならず、運用の意図、「病」とは何か、「治」とは何かを張仲景の言葉を胸に探究し、現在の状況に生かしていきたいと強く思います。

          【参考・引用文献】

『新版 漢方の歴史』小曽戸 洋著 /『臨床応用 傷寒論解説』大塚敬節著

         『漢方勉強会テキスト』秦 純二郎先生(戸畑漢方勉強会)