人参湯(にんじんとう)をご存じですか
風の冷たさはまだまだですが、陽射しに春の気配を感じるようになりました
そろそろ花粉症が気になり始める時期ですね
花粉症といえば、以前このコーナーでも取り上げました小青龍湯がよく知られています
今回とりあげる人参湯は体内(主に胃腸)に冷えをためやすい(水毒)体質を本来の状態に戻すようみちびく漢方薬です
冷えがたまったままでいると、下痢、軟便で体外に排出しようとするほかに、鼻水や咳として出そうとするのが花粉症であるという見方もできます
毎年花粉症になりやすい方は、胃腸の冷えを改善することにより、症状が軽くなったり、出なくなったりします
人参湯という処方(レシピ)は四つの生薬を使います
人参(にんじん) :ウコギ科チョウセンニンジンの根
甘草(かんぞう) :中国産マメ科のカンゾウの根
蒼朮(そうじゅつ) :キク科のホソバオケラの根茎
乾姜(かんきょう) :ショウガ科ショウガの根茎
人参湯が漢方の古典である『傷寒雑病論』に最初に登場する時は「理中丸(りちゅうがん)」という名称です
「中を理める(おさめる)」つまり中=胃腸を本来の働きにするという意味でしょう
理中丸は生薬を粉末にし蜂蜜で練って卵の黄身位にした丸薬を熱湯に溶き、日中三回、夜二回飲み、腹中が温まらなければ更に分量を増やすようにとあります
しかしながら生薬を煎じて湯液にした「人参湯」には及ばないとの記載もあります
現代では人参湯として煎じ薬かエキス細粒剤、エキス錠剤、理中丸として小粒の丸薬などがあります
人参湯はどんな症状に効くのか
理中丸および人参湯の薬方は、漢方最古の古典である『傷寒雑病論』(しょうかんざつびょうろん)に記されている代表的な条文は以下のものです
傷寒、服湯薬、下利不止、心下痞鞕。服瀉心湯已、復以他薬下之、利不止。醫以理中與之利益甚。
(傷寒、湯薬を服し、下利止まず、心下痞鞕す。瀉心湯を服し已て、復た他薬を以て之を下し、利止まず。醫理中を以て之に與ふるに利益甚だし。)
霍乱、頭痛発熱、身疼痛、熱多欲飲水者、五苓散主之。寒多、不用水者、理中丸主之。
(霍乱し、頭痛発熱し、身疼痛し、熱多くして水飲まんと欲する者は、五苓散これを主る。寒多く水を用いざる者は、理中丸これを主る。)
胸痺、心中痞、留気結在胸。胸満、脇下逆搶心。枳実薤白桂枝湯主之、人参湯亦主之。
(胸痺、心中痞し、留気結んで胸に在り。胸満ち、脇下より心にに逆搶す。枳実薤白桂枝湯これを主る、人参湯も亦これを主る。)
「傷寒雑病論」に出てくる薬方の条文をまとめ、方意を示した「類聚方」(吉益東洞 著)の「方極」には以下のように記されています
治心下痞鞕、小便不利、或急痛、胸中痺者
(心下痞鞕し、小便不利し、或は急痛し、胸中痺す者を治す)
心下がつかえるような感じがあり、胸中苦悶を覚え、腹鳴り、吐き気、下痢または便秘などを伴うものが目標で、げっぷまたはつわりで心下がつかえるようなものに使います
また猫背や両肩が前に巻き込んだ位置にある方、胃下垂気味のタイプの胃アトニー、胃炎、神経衰弱性の不眠などに使います
漢方エキス製剤の添付文書効能・効果には以下のように記されています
貧血、冷え症で胃部圧重感あるいは胃痛があり、軟便または下痢の傾向があるもの、あるいはときに頭重や嘔吐を伴うもの。
慢性下痢、胃炎、胃アトニー症、貧血症、虚弱児の自家中毒、小児の食欲不振。
コタロー漢方製剤の添付文書より引用
人参について
生薬の中には、「参」の字がつくものがいくつかあり、人参と関係あったりなかったりします
「参」の字は、もとは厽(ルイ)と「参」のムの部分をのぞいた部分からなり、三本の光る玉かんざしを中央に集めて頭髪にさしている人がひざまずいている形だそうです
かんざし三本から「みつ」、中央に集めたかんざしの長さが不ぞろいであることから「あつまる、ふぞろい」という意味になったそうです
従って、「参」の字がつく生薬はおおむね三つ(くらい)のふぞろいな根があるものということではないかと推察されます
高麗人参(朝鮮人参)
朝鮮や中国東北部の山林の樹木の下に自生。8世紀頃、進上品としてわが国にもたらされたのが最初らしい。朝鮮国の重要な財源であったため、江戸時代までは高値で取引されていた。
御種人参<おたねにんじん>
徳川家康が献上された高麗人参の種子から栽培を試みさせたがうまくいかず、将軍吉宗の頃に小石川養生所で試作研究がなされ、六年後に日光御薬園で国産化に成功、得られた種子藩に分けられ、また一般希望者にも販売が行われた。
時代劇や歌舞伎の演目の中では、娘が身売りしたり息子がお店の金に手をつけて手に入れたら、病気の親御さんが助かる高価な薬として登場する「ニンジン」ですが、それも江戸時代くらいまでのことなのですね
劇中、その病気には「ニンジン」が入った薬方でなくて「葛根湯」で治るのではというつっこみをいれたくなることもありますが、それくらい何にでも効く高貴薬として珍重されていた生薬です
現在は、高麗人参の四年根、六年根と言ってその年数土中で育てた根が薬効が高いということで、高値で販売されています
人参は、「胸腹部の虚による心痛、心悸亢進、食欲不振、胃部のつかえ、嘔吐、下痢、腹痛を治す」とあり、ふだんから体力があり、血圧も高めの方が単なる滋養強壮目的で服用されますと、血圧があがって顔が赤くなってフラフラしたりしますので、要注意です
参考・引用文献:「常用字解」白川静著、「漢方養生談」荒木正胤、戸畑漢方勉強会テキスト